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3日目 (11月24日)
私たちは朝8時半にさわやかな気持ちで目覚めた。(でもまだ寒かったけれど)スターバックスへ寄り、近くの渡嘉敷という島へ向かうフェリーへ乗り込んだ。島でたぶんその島唯一のレストランでカレーを食べ、大きな丘の展望地点までハイキングした。そこから海を眺め、くつろいだ。多分この日だったと思う、私たちがホステルのサプライエリアでブランケットとシーツが自由に持っていけるように置かれていたのを見つけたのは。
夕方、那覇の有名な市場へ出かけた。そこは豚の頭で囲まれていた。(その中の一つは、サングラスをかけていて、ピースしているように顔の前にヒズメが置かれていた)ばかげている!!そこの刺身は今まで食べた刺身の中で一番新鮮で、口の中でとろけた。
そして次にトライしたサツマイモのアイスクリームはすぐに私の好きなアイスの一つになった。野菜からアイスクリームが作れるなんて、今まで知らなかった。おなかが満足したので、踊りに行く前のドリンクタイムだ!この時点で、国際通りは外国人がうろうろしていた。ほとんど海軍の軍人たちだ。何杯か飲んだ後、Salsatina’sというサルサバーへ向かった。国際通りには海兵たちがうろうろしていたけれど、そのSalsatina’sは彼らでいっぱいだった。彼らは踊ってた!
とりあえず、彼らはいいということにしよう。私がアラスカ出身の海兵と踊っていた時に、“えー偶然、私はブリテッシュコロンビア出身”と言った。だってアラスカとの国境の近くでしょ。すると彼が、“そうなんだ。じゃ、君はLauraの近くに住んでるんだね!”は?“彼女はイギリス出身でしょ”と彼は言った。その時、彼はイギリスとブリテッシュコロンビア(カナダの州の一つ)とが同じ場所だと思っていることに気づいた。
ダンスフロアーで踊りまくり、息をついている暇もほとんどなかった。私たちは何をしているか全くわからなかった。酔っている時にサルサを学ぶのは難しい。でも、彼らは単純に一晩中私たちをフロアー中振り回していた。とても楽しかった。Cam-Camに着いたのは朝の5時半だった。
4日目 (11月25日)
私たちは那覇の市外にあるアウトレットモールに行ってみることにした。ちょっとした旅に行くみたいにそこは遠かったが、行くほどの価値はなかった。でも、その日の夜に着るかわいいトップスが買えたのでハッピーだった。この日はHip
Hopのクラブに行きたかった。土曜の那覇にふさわしい場所だからだ。(と海兵が言っていた)
私たちは、数日前に“ジャパニーズ オンリー”と言われたクラブへ行ってみた。なぜかというと、道であった何人かの外国人にすすめられたからだ。(矛盾は日本文化の一部だと私は思うようにした)今回は、軍人っぽい男の人と一緒じゃなかったので、私たちは中へ入れた。午前3時に着いたのだけど、前夜と同じくらいの人込みを見て私たちは安堵のため息をついた。その夜は何人かのダンサーがダンスフロアーをスピンしたり、ジャンプしたり、フライしたりしてダンスを披露していた。私は畏敬した。またこの夜も、私たちは朝の5時まで踊った。
5日目 (11月26日)
那覇は本当に楽しい町だったので、去るのが本当に悲しかった。でも時間なので、私たちはさよならを言って、関西へ飛んだ。淡路に帰るフェリーが悪天候のためキャンセルされていた。だから、帰るのに2時間バスに乗ることになり、出費がかさんだ。ただいま!夜11時ごろにアパートへ到着した。すごく寒かったので、ヒーターの前に座り、毛布に包まりながら、また那覇に戻りたいなと思った。
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