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沖縄 - 海軍とクラブと海
by Kaila Krayewski

 

1日目 (11月22日)

Lauraが買ってきたシャンパンをいつものようにプラステックのカップに入れて、私たちは淡路島から関西国際空港へ向かうフェリーの上で沖縄旅行に乾杯した。
飛行機はかなり早く着いた。
飛行機を降りた瞬間に暖かさを感じた。空港はカラフルな色とりどりの花々であふれていて、まるで“パラダイスへようこそ”と私たちを迎えてくれているようだった。
見た目はジェットコースターのような便利なモノレールに飛び乗り、町の中心へ向かった。私たちはCam Camという一泊800円のホステルにステイした。信じられないでしょ。でも一つしか部屋がなく、二つの大きな3階建てベッドがあるだけで、実際私たちは1枚のシーツしか与えられなかった。

それでも、パーティーへ行く準備はバッチリで、那覇の繁華街である国際通りへ向かった。水曜の夜だったので、それほど賑やかではなかった。まず私たちはカナダ人の経営するPaul and Mike’sというバーに行った。英語圏のバーみたいな作りでいい雰囲気だったけど、ダサい中年のオヤジで溢れていた。Aaronという英語講師に出会った。彼がいいクラブに連れて行ってくれると言ってくれた。
私たちがそのクラブへ着いた時、入り口のバウンサー(用心棒)が不快そうにしているように見えた。Aaronは外見が軍人のように見えた。沖縄の人たちがアメリカ軍人に対して不信感を抱いているというのは有名な話だった。彼に(私の好きな)Hip Hopを流しているか聞いたら、彼は露骨に“ノーブラック”と言った。それだけだ。ただ“ノーブラック”とだけ。私は“そういう言い方ってある?”と思った。私たちがその先の数日どんな音楽を流すか尋ねると、彼は手を横に振ってと言った。“ノーノー、ジャパニーズ オンリー”
Aaronが次のクラブへ行くためにタクシーを止めようとした時、その差別はもっと明らかだった。少なくとも5台はトライしたが、Aaronが身を乗り出すたびに、運転手たちは首を振り、彼が最後まで話し終わらないうちに“ノー、ノー”と言った。やっと私たちを乗せてくれるタクシーを見つけ、本当に楽しいクラブへ行き、朝の5時まで踊った。

2日目 (11月23日)

私たちは早く起きるのに慣れていたので、4時間ほどの睡眠をとり、朝10時に起きた。まずはじめにスターバックスへ行って、国際通りを散策した。天気は、太陽が出ていて雲の全くない日なら気温は25度で、軽く風が吹いていた。パーフェクトな気候でしょ?毎日そんなお天気だった。その日の夜は居酒屋に行ってみることにした。沖縄の料理を色々と食べられるからだ。メニューの写真を見ながら散々お店を探し歩いた末、私たちは100円でビールを出しているお店を見つけた。その夜は飲むつもりはなかったけれど、100円ビールは無視できないでしょ。
食べ物も地元のオリオンビールも最高においしかった。その日は比較的早く寝た。Lauraは私より少し早く寝て、私は今までに見たことないくらい大きなゴキブリと戦っていた。シーツがなくて寒くて私は目を覚ました。

 

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3日目 (11月24日)

私たちは朝8時半にさわやかな気持ちで目覚めた。(でもまだ寒かったけれど)スターバックスへ寄り、近くの渡嘉敷という島へ向かうフェリーへ乗り込んだ。島でたぶんその島唯一のレストランでカレーを食べ、大きな丘の展望地点までハイキングした。そこから海を眺め、くつろいだ。多分この日だったと思う、私たちがホステルのサプライエリアでブランケットとシーツが自由に持っていけるように置かれていたのを見つけたのは。
夕方、那覇の有名な市場へ出かけた。そこは豚の頭で囲まれていた。(その中の一つは、サングラスをかけていて、ピースしているように顔の前にヒズメが置かれていた)ばかげている!!そこの刺身は今まで食べた刺身の中で一番新鮮で、口の中でとろけた。
そして次にトライしたサツマイモのアイスクリームはすぐに私の好きなアイスの一つになった。野菜からアイスクリームが作れるなんて、今まで知らなかった。おなかが満足したので、踊りに行く前のドリンクタイムだ!この時点で、国際通りは外国人がうろうろしていた。ほとんど海軍の軍人たちだ。何杯か飲んだ後、Salsatina’sというサルサバーへ向かった。国際通りには海兵たちがうろうろしていたけれど、そのSalsatina’sは彼らでいっぱいだった。彼らは踊ってた!
とりあえず、彼らはいいということにしよう。私がアラスカ出身の海兵と踊っていた時に、“えー偶然、私はブリテッシュコロンビア出身”と言った。だってアラスカとの国境の近くでしょ。すると彼が、“そうなんだ。じゃ、君はLauraの近くに住んでるんだね!”は?“彼女はイギリス出身でしょ”と彼は言った。その時、彼はイギリスとブリテッシュコロンビア(カナダの州の一つ)とが同じ場所だと思っていることに気づいた。
ダンスフロアーで踊りまくり、息をついている暇もほとんどなかった。私たちは何をしているか全くわからなかった。酔っている時にサルサを学ぶのは難しい。でも、彼らは単純に一晩中私たちをフロアー中振り回していた。とても楽しかった。Cam-Camに着いたのは朝の5時半だった。

4日目 (11月25日)

私たちは那覇の市外にあるアウトレットモールに行ってみることにした。ちょっとした旅に行くみたいにそこは遠かったが、行くほどの価値はなかった。でも、その日の夜に着るかわいいトップスが買えたのでハッピーだった。この日はHip Hopのクラブに行きたかった。土曜の那覇にふさわしい場所だからだ。(と海兵が言っていた)
私たちは、数日前に“ジャパニーズ オンリー”と言われたクラブへ行ってみた。なぜかというと、道であった何人かの外国人にすすめられたからだ。(矛盾は日本文化の一部だと私は思うようにした)今回は、軍人っぽい男の人と一緒じゃなかったので、私たちは中へ入れた。午前3時に着いたのだけど、前夜と同じくらいの人込みを見て私たちは安堵のため息をついた。その夜は何人かのダンサーがダンスフロアーをスピンしたり、ジャンプしたり、フライしたりしてダンスを披露していた。私は畏敬した。またこの夜も、私たちは朝の5時まで踊った。

5日目 (11月26日)

那覇は本当に楽しい町だったので、去るのが本当に悲しかった。でも時間なので、私たちはさよならを言って、関西へ飛んだ。淡路に帰るフェリーが悪天候のためキャンセルされていた。だから、帰るのに2時間バスに乗ることになり、出費がかさんだ。ただいま!夜11時ごろにアパートへ到着した。すごく寒かったので、ヒーターの前に座り、毛布に包まりながら、また那覇に戻りたいなと思った。

 

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