タイトジーンズにピンクのミッキーマウスのシャツを着て、化粧をしたり、鳥のような髪型をした男性達はホモじゃない。でも実際、僕より彼らの方がたくさんの女の子と寝てるはずだ。(たぶん両親には違う言い方で伝えたかもしれない)ハローキティーの服が似合っているティーンエイジ風の女の子達が実際は30歳の女性だし、小学生の男の子が“Too
drunk to fuck”というロゴ入りシャツを着てても親は何も言わない。(そのシャツが欲しい!)
有名な寺や神社やお城の魅惑的な美しさは小説から抜け出でて背景に溶け込んているようだった。でも、やたらと眺めたり、熱心に写真を撮りまくる家族旅行丸出しの両親の行動で現実に引き戻された。
それにしても驚いたのは、母のある単純な質問に答えられられなかったことだ。“どうしてみんなとても親切なの?”と母に聞かれた。(ほんとに素朴な質問だったけど、僕は躊躇した)どう答えればいいのか分からなかった。あなたなら何て答える?“お母さん、分からないけど...”少し間をおいて僕は答えた“もし最悪な奴らに会いたかったら、アメリカへ帰るまで我慢するか、夕方6時の電車に乗るといよ。”
自分がすっかり慣れきってしまった人の温かさや手厚いもてなしについて父と母はいつもあれこれと意見を述べ合っていた。たくさんのプレゼントの嵐や僕の友人や同僚からの食事への誘いなど、こんな短い間でもう人気者になった両親をちょっとうらやましく思った。でも、その嫉妬で僕は自分がどうして日本で働くことを選択したのかを思い出した。
自分の今の生活や過去の人生で忘れていたことを誰かに指摘されると新鮮な気持ちになったり、逆にイラついたりする。ここに住む多くの外国人の生活は刺激と時おり困難とが入り混じる。とても自然なことだと思う。でも時間が早く過ぎていくのにただ身を任せていてはいけない。周りを見回す余裕を持つことを忘れてはいけないし、それぞれ自分にとって日本がとても特別だと思う何かを忘れてはいけない。
僕の場合、笑っている狸が4本足で立っているんじゃなくて、かろうじて2本の足と巨大なキ○タマで支えて立ってることが説明になっている。
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